パチンコ依存症だった過去・体験談

パチンコ依存症 私の場合

 

 

禁煙もそうなのですが、周囲は依存症の原因やきっかけを探ろうとします。
何とかこの人のことを少しでも理解しようと思う気持ちがそうさせるのかもしれませんが、あまり意味はありません。
お酒・煙草・ギャンブル・インターネットにハマるきっかけは些細なものであり、その頃はそれが自分を蝕むものだとも思っていないからです。

 

依存症に感情移入するのはやめましょう。
確かに苦しんでいるのかもしれませんが、それはどこまで行っても自業自得です。
よくあるエピソードの一つとして、こんな人もいるんだな、自分には全く理解できないけれどというスタンスが一番です。

 

同情したところで、いい結果は待っていません。
依存を続けるためのお金を要求されるだけで、付き合う側の精神が磨り減っていくだけです。
身内や友人、そして恋人に対する同情心はこの場合仇となります。

 

それを踏まえて、私のパチンコ依存症体験をご紹介します。

 

パチンコとの出会い

 

当時19歳、家庭の事情により決まっていた進学先が立ち消えになってしまった私は、ハッキリ言って暇でした。
暇といってもお金は無かったので、とりあえずアルバイトはやりながら、この先どうしようかなと思っていたのです。

 

ある日家の近くに、新しいパチンコ屋がオープンするということで父親に誘われました。
当時(2002年)はまだパチンコ屋が活気のある時期で、オープン時はまず負けないと言われるくらい出していたのです。
ただ私は、パチンコに対して否定的でした。
存在は知っていましたが、ギャンブルで儲かるわけがないと思っていたのです。

 

店に着いて何となく500円玉を入れたのは、新海物語M56という当時は何処にでもある看板機種。
所謂海シリーズと呼ばれる機械で、やらない人でもこの台の存在だけは知っているという機種でした。
決めた予算は2000円で、それで当たらなければ隣にマクドナルドや古本屋やゲームセンターもあったので、そこで暇を潰そうと思っていたのです。

 

1500円目までは、特に何も起こりませんでした。
というよりあまりにお金の減るスピードが早くて、頭が痛くなった記憶があります。
普段1500円といえば、場所を選べば5〜6時間は遊べそうな金額です。
それが15分程度で消えていくのですから、早くも心の中は後悔で一杯でした。

 

最後の2千円目、当たりやすいといわれる魚群予告(数字がテンパイした瞬間に、背景に魚の群が流れる演出)が出現しました。
とはいえこちらはよく分かっていなかったので無反応だったのですが、隣のお年寄りが何故か私の台を凄い目で見ていました。
結果、8図柄(エンゼルフィッシュ)が縦に揃い大当たり。
下にあったドル箱が1杯埋まるか埋まらないかという玉を獲得しました。

 

大当たり終了後、私は父親に尋ねました。

 

「一箱って、大体幾らになるの?」
「5千円ちょいくらい。」

 

2千円で5千円返ってくるならまあいいか。
そんな気分でしかありませんでした。
ただし、この新海物語M56という機械は、大当たり終了後に100回転の時短(玉を減らさずに回せるおまけ回転)があるので、そこでまた当たるかもしれないとのことでした。

 

結果その時短から確率変動(海シリーズは奇数図柄で当たるともう1回大当たり保証)まで引いて、4箱半の玉を獲得しました。
大体1時間経ったかどうかという感じでしょうか。

 

ただ、私はあまり何とも思っていませんでした。
そこにあるのはただの玉で、こんなもの増やして何が楽しいのか…という感じです。
しかしそんな冷めた気持ちも、交換して現金が出てくるまでの話でした。

 

あまりにも簡単に現金が手に入る現実

 

怪しい窓口で交換した現金は、何と2万4千円。
2千円が1時間で10倍になった瞬間でした。

 

こんなことがあっていいのかと思いましたね。
当時850円の時給で働いていた私にとって、大体4〜5日分の稼ぎです。
パチンコ屋のオープンは、お金でも配っているのかと思いました。

 

ただ、この楽にお金が手に入る感が一番パチンコの怖いところなのです。

 

翌日私はまた違うパチンコ屋に行きました。
2万2千円の儲けはCDや外食で多少使いましたが、こんな泡銭さっさと使ってしまおうと思ったのです。
昨日はオープン店だから勝っただけで、別の店ならそんなことはないだろう…と思っていました。

 

結果は4万7千円の大勝で、財布の中には6枚の福沢諭吉が入る事になりました。

 

この時の気持ちを何と言ったらいいのでしょうか。
普段手に入らないような大金が、あまりに簡単に財布に転がり込んできました。

 

人によってこの時の気持ちは色々あるとは思うのですが、この大金に慣れていない人ほど転びやすい瞬間です。
特にパチンコに限ったものではありませんが、普段持たない現金をどうしたらいいか分からなくなってしまうのです。
今思えば、別に銀行に入れておけばいいだけの話で、使う必要はないのですが…。

 

結局、私は無理矢理欲しいものを探して買い漁り、余った分をパチンコに使う…という日々を繰り返しました。
当時はパチンコが盛り上がっていた時期であり、ある程度台を選ぶと簡単に勝ててしまった時期でもあるのです。
大袈裟な言い方ではありますが、狂乱の時期でした。

 

いつの間にか、パチンコをするためのお金に

 

そしていきなり大金が入るのにも慣れ始めた頃には、もうお金は完全にパチンコをするためのものでした。
この辺が依存症の入り口で、今度はパチンコ以外に使うお金が勿体無く感じてきたのです。
幾ら持っていようが、食費は安い弁当で、財布に10万以上入っているのに5000円の靴購入に悩んだ挙句購入しないという事もありました。

 

1万円は2500玉を買う権利で、その1万円が大金になるかもしれない。
お金の感覚だけではなく約束も、パチンコ屋のイベント日と重なるとそっちを優先するようになりました。
殆どの物事がパチンコ屋優先になり、その合間に他の事をするのが当たり前の生活の始まりです。

 

金銭感覚も狂うので、アルバイトの給料も完全にただのパチンコの種銭でした。
5万円や10万円なら1ヶ月働かなくてもあの店に行けば…という感覚です。

 

ただし毎日のようにパチンコ屋に行っていたので、段々と負け額が積み重なってもいました。

 

依存症の始まり

 

ある時、ついに財布の中身が無くなったのです。
1日目は、まあこれでパチンコともお別れかなと思っていました。

 

しかし2日目になると、何だかそわそわしてくるのです。
何の根拠もないのに、今日は勝てるんじゃないのか?あの店がイベントなのに?と頭の中で思考がループし始めます。
パチンコに行くための自分の中の理由作りであって、財布の中身が消えてからの引退は3日も持ちませんでした。

 

当然足らない分は借金です。
私の場合は母親でしたが、ここで消費者金融に手を出していたら終わりだったでしょう。

 

そうなると不思議なもので、今まで同じやり方で勝てていたものが全然勝てなくなりました。
如何に運だけで綱渡りしていたのかが浮き彫りになり、借金しても勝てない→返せない→借金追加のループが始まりました。

 

この時期は地獄でしたね。
お金があるかどうかはあまり関係なく、もうパチンコに行きたくて行きたくてしょうがないのです。
当たった時の快感、そして浮いた時のなんともいえない勝利感、あのうるさくてどうしようもない店の空気。
当時は家から店が徒歩で行ける距離だったので、お金もないのにただ店に行くこともありました。

 

とにかくその場所に居たくて、願わくば勝負がしたい、そして大勝ちしたい。

 

しかし、パチンコ屋は段々とピークから衰えお客が減り、気軽に勝負できるような調整でなくなっていったのです。
10万円出るか4万円負けるか(勿論割合は2:8くらい)のような超ギャンブル台が量産されていき、当然ですが借金も親の怒りと共に止められました。

 

ただし狂った頭はそれでは止まらず、最初にパチンコで勝ったもので買った品物を全部古本屋やリサイクルショップに売り払う事までしてお金を作りました。

 

CD・本・ギター・オーディオ・その他売れる電化製品は全て売り払い、着ない服まで処分した結果、7万近い売却値になったことを覚えています。
値段の8割はギターでした(元値20万円)

 

仕事上のパソコン以外何もない部屋に、当時の私は何も思うことはありませんでした。

 

この7万円は最後のお金、人生最後の勝負だ。
これで負けてしまえばもう後がない、何が何でも勝たなければならないんだ…。
20才にもなってない人間が何が人生最後の勝負なのかは分かりませんが、完全に頭はおかしくなっていたのです。

 

普通7万円もあれば何かしら起こるものですが、そこまでして得た最後のお金はあっけなく1日で負けました。
帰り道はフラフラしながら、もう死にたい…もう嫌だ…と呟いていたのを覚えています。

 

しかし、これは(パチンコが勝てなくて)もう死にたい…(パチンコが勝てない人生は)もう嫌だ…という意味です。
結局はお風呂に入って1日が経つとまたパチンコに行きたくなり、しかし今度は全くお金が無いので行けないという禁断症状のような日々を過ごしていました。

 

アルバイトのお金はそのまま借金の返済(口座に振り込まれているお金を返済)の状態だったので、しばらくは財布に何もない日々が続きました。

 

この頃の記憶は、大袈裟ではなく何もありません。
ただアルバイトに行って、誰にも会う気になれずパソコンでパチンコ関連の動画や番組を見ては行きたい思いを募らせて、どうにもならないもどかしさにひたすらに耐える日々です。

 

その後

 

とりあえずはアルバイトで借金も完済し、表面上は普通の生活に戻りました。
しかし当時パチンコ優先で全てを蔑ろにしていた私には何も残っていませんでした。
携帯代を払うのも嫌でとっくに携帯は解約していて連絡先も皆無で、今更買い直したところで誰の番号も覚えていません。

 

部屋に帰れば最低限の服と机とPCのみで、娯楽品を買い戻す気にもならないのです。
これはパチンコ依存症の方に共通する事なのですが、過去の趣味に興味が向かないのです。
それ程パチンコというギャンブルで得る大当たりの刺激は強烈で、大体のギャンブラーは他に趣味を持っていません。

 

今では1円パチンコも登場し、それ程無理をしない範囲で遊べるようになりました。
ただし失ってもなんとかなる範囲のパチンコというのはあまり心も動かず、少し増減したところであの頃の強烈な感覚を得ることはできませんでした。
とはいえ、他に多少でも興味が持てることがないので小金を持ってはパチンコ屋に惰性で向かう日々を続けています。

 

パチンコ依存症の真っ最中は、誰の話も聞きません。
そしてお金が無くなって破滅した頃には、もう生気がありません。

 

パチンコ依存症になっている人への最良の対処は、見捨てることです。
付き合うという事は何のメリットもなく、心を病むだけの結果になります。

 

それでも誰かのパチンコ依存症を治そうとしている方は、これを参考にしてください。
依存症の人に深い葛藤などありません。
ただパチンコをしたいがために嘘を付き、パチンコで勝つためだけに行動する制御不能の人間がパチンコ依存症なのです。